
キー・メッセージ
海外派遣者は、単にそれぞれ赴任先の現法の経営や業務を行うだけでなく、グローバルな組織作りのために、現法社員を育成し、本社を含めた他の現法社員と繋ぎ、優れたグローバル・チームを作ることをミッションとすべきである。
多 くの日本企業が30-50年前から海外に進出し、現在すでにグローバルな拠点ネットワークを築いている。商社はその魁として、日本企業のグローバル化を支 援してきた。しかし商社を含め日本企業のグローバル組織をよく見ると、欧米企業、あるいは韓国・中国等の企業のグローバル化とはその組織作りが大きく異 なっている。海外派遣者の役割もまた大きな違いがあるように思う。本稿では従来日本企業によく見られたグローバル化の特徴と、従来型の海外派遣者の役割か らまず考え、今後グローバル市場で戦うための組織作りの方向性と、それに従った海外派遣者の役割と必要なスキルについて考えてみよう。
1.従来の日本企業のグローバル化
幸 か不幸か、日本の市場規模がそこそこ大きかったために、多くの日本企業はまず日本市場をターゲットにした製品・サービスを開発・提供し、日本でのシェアを 確立した後、新たな市場を求めて海外に進出をして行った。そのため一般的に日本企業は本社を頂点とする管理統制型の組織を築き、海外の販売拠点や生産拠点 も国内の延長線上で、ただ場所が国外にあるということで、その経営のやり方や人事の考え方もベースは日本的なものを持ち込んで、拠点ネットワークを作って きた。
現在においても、多くの日本企業では、本社とそれぞれの拠点という関係で仕事の指示や承認を行っており、拠点間の情報共有や拠点をまたいだ 現法社員の交流がほとんどないのは、その経緯を引きずり相変わらず管理統制型の組織形態を海外においても適用している結果だと思われる。
2. 従来の海外派遣者の役割
こうした管理統制型の日本企業において、海外派遣者の役割は以下のようなものであった。
・特命事項の遂行
営業、生産、製品開発、経理財務、現法経営などといった業務を行うために、それぞれの派遣者は、現法社員を採用し、育成し、彼らに補佐をしてもらいながら、現地に合った仕事の仕組みを作り、先生役として与えられた業務をこなしてきた。
・経営価値観・組織風土の伝承
本社の経営理念、価値観、組織風土を伝え、現法社員を指導し、実践する先生役の役割を果たしてきた。
・本社とのコミュニケーション・パイプ
本社への報告と承認を得る現法の担当者としてパイプ役を果たしてきた。
こうした従来の派遣者の役割は、どちらかと言えば本社から海外現法に一方的に教え、指示を出し、手足として現法社員を動かす先生役・管理者としての役割であり、管理統制型組織を海外に延長した形になっている。
3. グローバル組織のあり方の変化
筆者の見方では中国がグローバル経済の一翼を担うようになった2003年ごろから、日本企業においても従来型のグローバル組織のあり方が大きく変わりつつあるように思う。
従 来の日本企業の海外拠点作りは、国・地域が異なればおのずと経営の仕方も異なるはずとばかりに、本社と海外派遣者との間で調整をしながら拠点作りをしてき た結果、拠点により業務プロセスや人材育成の考え方がバラバラであり、全世界的に見ると経営効率が必ずしも高くはない。また海外現法で投資を回収し累積で 利益が出せている現法も全体に見れば決して多くはない。その結果、個々の拠点別に部分最適を行い、その結果を連結してグループ経営を行う考え方から、個々 の事業、業務プロセス別にグローバル全体に見て最適な経営をどのように行うかを考える組織がホットな話題になりつつある。日本企業が新しいグローバル経営 のあり方を模索する動きは以下のような理由によると思う。
・ 欧米企業に比べて連結の営業利益率が低い
・ 環境変化が激しく、グローバル・ベースにスピーディな対応が求められるため、拠点別バラバラ経営ではスピードに乗り遅れる
・ 韓国、中国やインド企業の躍進により、日本企業の競争優位性が揺らぎ始めている
・ グローバル視点に立った経営が生き残りのために不可欠であり、いつまでも日本人・日本企業を相手にした、日本市場に軸足を置いた従来型経営ではグローバル市場で生き残れない
・ 特にB2Bのビジネスでは、顧客のグローバル顧客化が進んでおり、グローバル・アカウント・チームの育成が不可欠である
・ 日本は少子化に向かい、成長市場は海外にあることが明白であるため、より一層のグローバル化が求められる
・ 日本人だけでグローバル企業の組織経営を行うには限界がある
こうした背景の下、グローバル最適な経営を行うためのグローバル人材育成が求められるようになり、その対象者も必ずしも日本人である必要はなくなりつつある。
グ ローバル最適な経営とは、本社が中心になって各拠点に指示を出すのではなく、全世界の社員が経営理念や価値観を共有し、経営戦略などの経営のベクトルを合 わせ、組織風土や分野別専門家からなるグローバル・コミュニティを通じたナレッジ共有を行い、また事業別、業務プロセス別にグローバル・ベストの仕事の仕 組みを各拠点の業務責任者からなるグローバル・チームが検討し、よいアイディアやナレッジをグローバルに共有し展開するような組織である。
こうした組織においては、グローバル・ベースの協業を促進するために、ハイ・パフォーマンスなチームを多数つくる必要がある。そのためには、ある程度考え方やスキル・レベルの合った人材をグローバルに育成し協業させる仕組みが不可欠である。
4. これからの海外派遣者の役割
上記のようなグローバル組織経営を前提に、これからの海外派遣者の役割を考えてみよう。
・特命事項の遂行/コミュニケーション・パイプ
従 来と同じように特命事項をきちっとこなすことは重要な任務である。でもそのやり方は本社の指示や承認を得ながら行うというよりは、日本や海外にある同じ業 務を行っている拠点の業務責任者チームの一員として、グローバルに情報共有を行い、アイディアを出し合い、グローバル最適な仕事の仕組み作りに貢献すると 共に、担当拠点の業務チームを率いて、拠点の目的を達成するための仕事の仕組み作りを現法社員と共に行い、業務を遂行する。またその結果をグローバルな仕 事の仕組みづくりに反映していく役割がある。しかしこうした役割は徐々に海外派遣者から現法社員に引き渡されていくべきであろう。(筆者はこうした組織を 管理統制型に対して、育成協業型組織と呼んでいる)
・経営価値観・組織風土作りと浸透
グローバルな視点で考えれば、企業価値観や組織風土 も、全世界の社員にとって理解されやすく、馴染やすいものでなければならない。本社の考え方を一方的に各拠点に押し付けるのではなく、様々なチャネルを活 かして、どのようなグローバル企業になりたいかを全世界の社員と共に考え、語り合う場作りが求められる。海外派遣者はそのファシリテータ役として、現地の 声を本社や他の拠点に伝え、企業価値観の構築と浸透に貢献する役割がある。
・現法社員の育成とグローバル登用
現法社員を育て、本社や他拠 点の協力を得ながら、グローバルに優れたチームの一員として登用していく役割が増していると思われる。各拠点にいる現法社員のうち、グローバル・マネー ジャになれそうな人材に、グローバルに活躍できる場を提供するよう、本社や他拠点に働きかけ、その登用を支援する。
特に商社においては、世界各地 に投資先企業があるため、単に自社の海外拠点会社だけでなく、投資先企業の経営をマネージできる人材が多数必要となる。そのすべてを日本人の海外派遣者で まかなうことには限界があり、世界各地において、グローバルに活躍できる社員を育成することは、海外派遣者の重要な役割になりつつあると思う。
5. 海外派遣者に求められるスキル
上記のような海外派遣者の役割を前提として、海外派遣者に求められるスキル要件を考えてみよう。
・専門分野の知識・経験
ま ずは特定の専門領域における仕事のプロとして、十分な経験と知識を持っていることが、赴任先においてその存在を認知してもらうためにも重要である。営業、 調達、生産、物流、研究開発、経理、財務、人事、ITなどの経営機能別専門領域や、取り扱う製品知識、事業構造、業界構造、世界的トレンドなど自分の専門 分野を持つことが、海外においてリスペクトされるためにも重要である。
・リーダーシップ・経営・管理力
海外派遣者はトレーニーとして派遣 される若手を除けば、何らかのチームを率いる立場に立たされる。明確なビジョンを持ってチームの目標を設定し、強い信念・意思・実行力を持って、チームを 率いるリーダーシップが求められる。優れたリーダーになるためには、洞察力・決断力・謙虚さも必要であろう。
また仕事の仕組みを見直し、改革・改善していくための方法論の知識や、多様性に富んだチーム・メンバーをうまく活用し優れたチームを作るための人材マネジメント力などが求められる。
・顧客やベンダーへの対応力
海外派遣者は現地の顔として会社を代表して、様々な企業の人達と接することがよくある。
そのため、顧客の要望を理解する能力、顧客要望に対する適切なソリューション提案力、顧客やベンダーとの関係を維持・発展する能力、関係メンバーを巻き込む力、社内外人材活用力などが求められる。
・コミュニケーション力
海 外において派遣者がその能力を発揮するためには、赴任先の人々とのコミュニケーションは避けることができない。話べたを自認しながら直そうとしない人は、 そもそも海外派遣に向いていない。優れたコミュニケーションをとるためには、言語能力を高めるだけでなく、情報収集力、情報伝達力、文章表現力、論理的思 考力、プレゼンテーション力、ファシリテーション力、交渉力、チーム・ビルディング力などが求められる。
・人材育成力
すでに記述したよう に、海外派遣者には現法社員の育成能力が不可欠である。人を育成するためには、まずは育成しようとの意欲と心構えを持つこと、様々な機会を提供し、ちょっ とチャレンジングな仕事に社員をアサインし、状況を見ながら必要なコーチングやアドバイスをすることが必要である。そして何より、社員から信頼されていな くては、社員はその人から学ぼうとは思わないので、一人ひとりの社員を尊敬し、お互いの信頼関係を築くことができなければうまくいかない。
・性格・資質
海外派遣者に求められる性格・資質としては、強い責任感、情熱・熱意、バイタリティ・粘り強さ、ねあか、ユーモア、高いストレス耐性、自己向上力、異文化への強い関心などであろう。
6. グローバル人材をどのように育成するか
上記のようなスキル要件を満たした商社の海外派遣者は、どのようにしたら育成できるのだろうか。
・キャリア設計
海外展開をしている商社であれば、一部の事務職の社員を除けば、ほぼ全社員が海外派遣者になる可能性がある。よって商社の社員として、海外派遣者となることが当たり前であるとの前提でそのキャリア設計をする必要があると思う。
ま ずは商社マンとしてのキャリア開発のジョブ・グレード(グローバルに通用する職位)を定義しよう。日本では課長であるが、海外現法に行くとディレクターと いう呼称になるようなケースがよくあるが、これでは対外的にはいいが、現法社員から見れば、自分と派遣社員のどちらが偉いのか、権限があるのかよくわから ない。こうした中で様々な拠点の社員からなるバーチャルなグローバル・チームを作れば混乱や誤解が起きる。全世界共通の職位を定め、同じジョブ・グレード であれば、全世界どこへ行っても同じ責任・権限を持つような人事制度を作る必要がある。例えば、アシスタント・スタッフ、シニア・スタッフ、マネージャ、 シニア・マネージャ、ディレクターなどといった職位である。また入社した国や拠点にかかわらず、全世界の社員が同じジョブ・グレードであれば、同じような スキル要件を求め、研修プログラムを受ける権利も同じとし、また評価基準も可能な限り合わせたほうがよいと思う。
・アサイメント方針
入社 してからそれぞれのジョブ・グレードにおいてどのような仕事の経験をするのがよいか、あらかじめ標準的なアサイメント方針を定めておき、可能な限りそれに 沿ったアサイメントをしていくことが望ましい。若いうちは研修目的での3-4年の海外アサイン、マネージャ・レベルでの2度目の海外アサイン、そしてディ レクター・レベルでの3度目の海外アサインと徐々に海外での仕事の役割が高まっていくようなアサインメントをするのがベストであろう。
・研修方針
それぞれのジョブ・グレードにおいて習得すべき研修プログラムもそのキャリア・デザインに合わせて用意し、必須の研修プログラムの受講は一つ上のジョブ・グレードに昇進するための条件にすべきである。
・OJT方針
単に現場にアサインすれば自然と人が育つものではない。アサインを受けたときの目標設定や役割の明確化、定期的なコーチングによる仕事結果のフィードバックなどOJTを有効に行うための工夫を全世界の関連会社において導入定着する必要がある。
・評価方針
評価の項目も海外派遣先によって変える必要性はほとんどないと思われる。全世界ほぼ共通の評価基準により、どの国に入社した社員かにかかわらず、直属の上司が部下を評価し、フィードバックをする仕組みを導入すべきだと思う。
こ うした全世界ほぼ共通の人材開発の仕組みを導入することにより、海外派遣者のみならず、世界の各拠点の社員が心を同じくして仕事をできる仕組みになるのだ と思う。これからは海外の優秀な人材をリテインするためにも、海外派遣者は日本人だけではなく、様々な国の社員が別の国で仕事をする仕組みを作るべきだと 思う。
こうしたグローバル組織作りの考え方は拙書「2010年グローバル勝ち組企業の条件」(2006年、英治出版)に詳しい。
代表取締役社長 福住 俊男
海外派遣者は、単にそれぞれ赴任先の現法の経営や業務を行うだけでなく、グローバルな組織作りのために、現法社員を育成し、本社を含めた他の現法社員と繋ぎ、優れたグローバル・チームを作ることをミッションとすべきである。
多 くの日本企業が30-50年前から海外に進出し、現在すでにグローバルな拠点ネットワークを築いている。商社はその魁として、日本企業のグローバル化を支 援してきた。しかし商社を含め日本企業のグローバル組織をよく見ると、欧米企業、あるいは韓国・中国等の企業のグローバル化とはその組織作りが大きく異 なっている。海外派遣者の役割もまた大きな違いがあるように思う。本稿では従来日本企業によく見られたグローバル化の特徴と、従来型の海外派遣者の役割か らまず考え、今後グローバル市場で戦うための組織作りの方向性と、それに従った海外派遣者の役割と必要なスキルについて考えてみよう。
1.従来の日本企業のグローバル化
幸 か不幸か、日本の市場規模がそこそこ大きかったために、多くの日本企業はまず日本市場をターゲットにした製品・サービスを開発・提供し、日本でのシェアを 確立した後、新たな市場を求めて海外に進出をして行った。そのため一般的に日本企業は本社を頂点とする管理統制型の組織を築き、海外の販売拠点や生産拠点 も国内の延長線上で、ただ場所が国外にあるということで、その経営のやり方や人事の考え方もベースは日本的なものを持ち込んで、拠点ネットワークを作って きた。
現在においても、多くの日本企業では、本社とそれぞれの拠点という関係で仕事の指示や承認を行っており、拠点間の情報共有や拠点をまたいだ 現法社員の交流がほとんどないのは、その経緯を引きずり相変わらず管理統制型の組織形態を海外においても適用している結果だと思われる。
2. 従来の海外派遣者の役割
こうした管理統制型の日本企業において、海外派遣者の役割は以下のようなものであった。
・特命事項の遂行
営業、生産、製品開発、経理財務、現法経営などといった業務を行うために、それぞれの派遣者は、現法社員を採用し、育成し、彼らに補佐をしてもらいながら、現地に合った仕事の仕組みを作り、先生役として与えられた業務をこなしてきた。
・経営価値観・組織風土の伝承
本社の経営理念、価値観、組織風土を伝え、現法社員を指導し、実践する先生役の役割を果たしてきた。
・本社とのコミュニケーション・パイプ
本社への報告と承認を得る現法の担当者としてパイプ役を果たしてきた。
こうした従来の派遣者の役割は、どちらかと言えば本社から海外現法に一方的に教え、指示を出し、手足として現法社員を動かす先生役・管理者としての役割であり、管理統制型組織を海外に延長した形になっている。
3. グローバル組織のあり方の変化
筆者の見方では中国がグローバル経済の一翼を担うようになった2003年ごろから、日本企業においても従来型のグローバル組織のあり方が大きく変わりつつあるように思う。
従 来の日本企業の海外拠点作りは、国・地域が異なればおのずと経営の仕方も異なるはずとばかりに、本社と海外派遣者との間で調整をしながら拠点作りをしてき た結果、拠点により業務プロセスや人材育成の考え方がバラバラであり、全世界的に見ると経営効率が必ずしも高くはない。また海外現法で投資を回収し累積で 利益が出せている現法も全体に見れば決して多くはない。その結果、個々の拠点別に部分最適を行い、その結果を連結してグループ経営を行う考え方から、個々 の事業、業務プロセス別にグローバル全体に見て最適な経営をどのように行うかを考える組織がホットな話題になりつつある。日本企業が新しいグローバル経営 のあり方を模索する動きは以下のような理由によると思う。
・ 欧米企業に比べて連結の営業利益率が低い
・ 環境変化が激しく、グローバル・ベースにスピーディな対応が求められるため、拠点別バラバラ経営ではスピードに乗り遅れる
・ 韓国、中国やインド企業の躍進により、日本企業の競争優位性が揺らぎ始めている
・ グローバル視点に立った経営が生き残りのために不可欠であり、いつまでも日本人・日本企業を相手にした、日本市場に軸足を置いた従来型経営ではグローバル市場で生き残れない
・ 特にB2Bのビジネスでは、顧客のグローバル顧客化が進んでおり、グローバル・アカウント・チームの育成が不可欠である
・ 日本は少子化に向かい、成長市場は海外にあることが明白であるため、より一層のグローバル化が求められる
・ 日本人だけでグローバル企業の組織経営を行うには限界がある
こうした背景の下、グローバル最適な経営を行うためのグローバル人材育成が求められるようになり、その対象者も必ずしも日本人である必要はなくなりつつある。
グ ローバル最適な経営とは、本社が中心になって各拠点に指示を出すのではなく、全世界の社員が経営理念や価値観を共有し、経営戦略などの経営のベクトルを合 わせ、組織風土や分野別専門家からなるグローバル・コミュニティを通じたナレッジ共有を行い、また事業別、業務プロセス別にグローバル・ベストの仕事の仕 組みを各拠点の業務責任者からなるグローバル・チームが検討し、よいアイディアやナレッジをグローバルに共有し展開するような組織である。
こうした組織においては、グローバル・ベースの協業を促進するために、ハイ・パフォーマンスなチームを多数つくる必要がある。そのためには、ある程度考え方やスキル・レベルの合った人材をグローバルに育成し協業させる仕組みが不可欠である。
4. これからの海外派遣者の役割
上記のようなグローバル組織経営を前提に、これからの海外派遣者の役割を考えてみよう。
・特命事項の遂行/コミュニケーション・パイプ
従 来と同じように特命事項をきちっとこなすことは重要な任務である。でもそのやり方は本社の指示や承認を得ながら行うというよりは、日本や海外にある同じ業 務を行っている拠点の業務責任者チームの一員として、グローバルに情報共有を行い、アイディアを出し合い、グローバル最適な仕事の仕組み作りに貢献すると 共に、担当拠点の業務チームを率いて、拠点の目的を達成するための仕事の仕組み作りを現法社員と共に行い、業務を遂行する。またその結果をグローバルな仕 事の仕組みづくりに反映していく役割がある。しかしこうした役割は徐々に海外派遣者から現法社員に引き渡されていくべきであろう。(筆者はこうした組織を 管理統制型に対して、育成協業型組織と呼んでいる)
・経営価値観・組織風土作りと浸透
グローバルな視点で考えれば、企業価値観や組織風土 も、全世界の社員にとって理解されやすく、馴染やすいものでなければならない。本社の考え方を一方的に各拠点に押し付けるのではなく、様々なチャネルを活 かして、どのようなグローバル企業になりたいかを全世界の社員と共に考え、語り合う場作りが求められる。海外派遣者はそのファシリテータ役として、現地の 声を本社や他の拠点に伝え、企業価値観の構築と浸透に貢献する役割がある。
・現法社員の育成とグローバル登用
現法社員を育て、本社や他拠 点の協力を得ながら、グローバルに優れたチームの一員として登用していく役割が増していると思われる。各拠点にいる現法社員のうち、グローバル・マネー ジャになれそうな人材に、グローバルに活躍できる場を提供するよう、本社や他拠点に働きかけ、その登用を支援する。
特に商社においては、世界各地 に投資先企業があるため、単に自社の海外拠点会社だけでなく、投資先企業の経営をマネージできる人材が多数必要となる。そのすべてを日本人の海外派遣者で まかなうことには限界があり、世界各地において、グローバルに活躍できる社員を育成することは、海外派遣者の重要な役割になりつつあると思う。
5. 海外派遣者に求められるスキル
上記のような海外派遣者の役割を前提として、海外派遣者に求められるスキル要件を考えてみよう。
・専門分野の知識・経験
ま ずは特定の専門領域における仕事のプロとして、十分な経験と知識を持っていることが、赴任先においてその存在を認知してもらうためにも重要である。営業、 調達、生産、物流、研究開発、経理、財務、人事、ITなどの経営機能別専門領域や、取り扱う製品知識、事業構造、業界構造、世界的トレンドなど自分の専門 分野を持つことが、海外においてリスペクトされるためにも重要である。
・リーダーシップ・経営・管理力
海外派遣者はトレーニーとして派遣 される若手を除けば、何らかのチームを率いる立場に立たされる。明確なビジョンを持ってチームの目標を設定し、強い信念・意思・実行力を持って、チームを 率いるリーダーシップが求められる。優れたリーダーになるためには、洞察力・決断力・謙虚さも必要であろう。
また仕事の仕組みを見直し、改革・改善していくための方法論の知識や、多様性に富んだチーム・メンバーをうまく活用し優れたチームを作るための人材マネジメント力などが求められる。
・顧客やベンダーへの対応力
海外派遣者は現地の顔として会社を代表して、様々な企業の人達と接することがよくある。
そのため、顧客の要望を理解する能力、顧客要望に対する適切なソリューション提案力、顧客やベンダーとの関係を維持・発展する能力、関係メンバーを巻き込む力、社内外人材活用力などが求められる。
・コミュニケーション力
海 外において派遣者がその能力を発揮するためには、赴任先の人々とのコミュニケーションは避けることができない。話べたを自認しながら直そうとしない人は、 そもそも海外派遣に向いていない。優れたコミュニケーションをとるためには、言語能力を高めるだけでなく、情報収集力、情報伝達力、文章表現力、論理的思 考力、プレゼンテーション力、ファシリテーション力、交渉力、チーム・ビルディング力などが求められる。
・人材育成力
すでに記述したよう に、海外派遣者には現法社員の育成能力が不可欠である。人を育成するためには、まずは育成しようとの意欲と心構えを持つこと、様々な機会を提供し、ちょっ とチャレンジングな仕事に社員をアサインし、状況を見ながら必要なコーチングやアドバイスをすることが必要である。そして何より、社員から信頼されていな くては、社員はその人から学ぼうとは思わないので、一人ひとりの社員を尊敬し、お互いの信頼関係を築くことができなければうまくいかない。
・性格・資質
海外派遣者に求められる性格・資質としては、強い責任感、情熱・熱意、バイタリティ・粘り強さ、ねあか、ユーモア、高いストレス耐性、自己向上力、異文化への強い関心などであろう。
6. グローバル人材をどのように育成するか
上記のようなスキル要件を満たした商社の海外派遣者は、どのようにしたら育成できるのだろうか。
・キャリア設計
海外展開をしている商社であれば、一部の事務職の社員を除けば、ほぼ全社員が海外派遣者になる可能性がある。よって商社の社員として、海外派遣者となることが当たり前であるとの前提でそのキャリア設計をする必要があると思う。
ま ずは商社マンとしてのキャリア開発のジョブ・グレード(グローバルに通用する職位)を定義しよう。日本では課長であるが、海外現法に行くとディレクターと いう呼称になるようなケースがよくあるが、これでは対外的にはいいが、現法社員から見れば、自分と派遣社員のどちらが偉いのか、権限があるのかよくわから ない。こうした中で様々な拠点の社員からなるバーチャルなグローバル・チームを作れば混乱や誤解が起きる。全世界共通の職位を定め、同じジョブ・グレード であれば、全世界どこへ行っても同じ責任・権限を持つような人事制度を作る必要がある。例えば、アシスタント・スタッフ、シニア・スタッフ、マネージャ、 シニア・マネージャ、ディレクターなどといった職位である。また入社した国や拠点にかかわらず、全世界の社員が同じジョブ・グレードであれば、同じような スキル要件を求め、研修プログラムを受ける権利も同じとし、また評価基準も可能な限り合わせたほうがよいと思う。
・アサイメント方針
入社 してからそれぞれのジョブ・グレードにおいてどのような仕事の経験をするのがよいか、あらかじめ標準的なアサイメント方針を定めておき、可能な限りそれに 沿ったアサイメントをしていくことが望ましい。若いうちは研修目的での3-4年の海外アサイン、マネージャ・レベルでの2度目の海外アサイン、そしてディ レクター・レベルでの3度目の海外アサインと徐々に海外での仕事の役割が高まっていくようなアサインメントをするのがベストであろう。
・研修方針
それぞれのジョブ・グレードにおいて習得すべき研修プログラムもそのキャリア・デザインに合わせて用意し、必須の研修プログラムの受講は一つ上のジョブ・グレードに昇進するための条件にすべきである。
・OJT方針
単に現場にアサインすれば自然と人が育つものではない。アサインを受けたときの目標設定や役割の明確化、定期的なコーチングによる仕事結果のフィードバックなどOJTを有効に行うための工夫を全世界の関連会社において導入定着する必要がある。
・評価方針
評価の項目も海外派遣先によって変える必要性はほとんどないと思われる。全世界ほぼ共通の評価基準により、どの国に入社した社員かにかかわらず、直属の上司が部下を評価し、フィードバックをする仕組みを導入すべきだと思う。
こ うした全世界ほぼ共通の人材開発の仕組みを導入することにより、海外派遣者のみならず、世界の各拠点の社員が心を同じくして仕事をできる仕組みになるのだ と思う。これからは海外の優秀な人材をリテインするためにも、海外派遣者は日本人だけではなく、様々な国の社員が別の国で仕事をする仕組みを作るべきだと 思う。
こうしたグローバル組織作りの考え方は拙書「2010年グローバル勝ち組企業の条件」(2006年、英治出版)に詳しい。
代表取締役社長 福住 俊男