
智摩莱商務諮詢(上海) 有限公司 (GML上海)
総経理
急速な少子高齢化が進んでいるのは、日本だけではない。中国の場合はこの問題に加えて、国内の介護保険制度がまだ未整備であり、さらに国の医療体制も都市部と郊外では差が顕著で、日本よりも医療と介護の現状は複雑だ。しかし、だからこそビジネスチャンスが多くあるともいえる。なかでも日本を含めた海外企業にとって、医療機器ビジネスと介護ビジネスは、中国政府によるビジネス環境の整備が進みつつあり、これから急速に市場が拡大すると見られる。中国の医療機器と介護ビジネスに関するコンサルティング経験が豊富な日本総合研究所の南雲俊一郎氏と川崎真規氏に話を伺った。(文中、敬称略)
欧米メジャーが市場をリード
日系は専業メーカーが健闘
――中国の医療機器市場の競合状況について教えてください。
南雲 GE、シーメンス、フィリップスなど欧米系メジャーが強いです。10~20年先を考えて中国市場攻略を戦略的に進めていることが特徴です。欧米メジャーの多くは中国市場向け医療機器の開発や製造を中国で行なっていて、中国市場にあった製品を作っています。対照的に多くの日系メーカーは、日本の型落ち製品を安く販売する傾向にあります。
また一部の欧米メジャーは、中国の農村で一緒に病院を建てたり、地方政府と連携したモデル事業の推進、疾患対策の啓蒙、自社医療機器のトレーニングの提供を主体的に実施しています。
このように10年後の利益最大化を狙う欧米企業に対して、日系企業の多くは短期志向で利益を考えています。中長期でビジネスを構築する必要がある中国では、これではなかなか勝負になりません。
――中国の医療機器市場で比較的事業をうまく進めている日系メーカーもありますか?
川崎 日系メーカーのなかでは、医療事業専業メーカーがうまくいっていると思います。内視鏡のオリンパス、カテーテルのテルモ、心電図モニター・ペースメーカーのフクダ電子など、もともとグローバルで商品力が高い会社が中国でも強いです。
例えば中国の病院が、医療機器の購入を検討する場合に、学術面でもサービス面においてもグローバルで強みを持つメーカーの機器を購入したいと考えるからです。
制度の理解が不可欠
許認可取得のコツとは
――中国で医療機器を販売するためには、まず政府の許認可を取る必要がありますね。
南雲 そうです。しかも中国では、医療機器の許認可に必要な期間が欧米や日本と比べてかなり長いのが特徴です。日本は6ヵ月~1年、アメリカ6ヵ月、欧州3~4ヵ月程度ですが、中国は平均2年、場合によっては4年もかかります。
しかも中国では製品群によっては、4年に1回ライセンスを更新する必要があります。その間に中国の基準が変わってしまい、その基準を満たさない医療機器はライセンスを更新できず売れなくなってしまう事態も発生し得ます。
従って、この「ライセンス取得に関する規制動向を探ること」が、医療機器メーカーにとってはとても重要です。通常、基準改正の2年前に方向性が決まり、1年前に概要が研究会等で発表になるので、そういった研究会等に参加していち早く情報を入手する。場合によっては、基準改正に向け積極的に情報提供を実施する必要があるのです。
他にも「中国の許認可制度がまだ未成熟」という問題もあります。日本の常識で考えると、過剰なデータ提供や合理的に考えると必要のないことも許認可手続きの中で要求されます。しかしそれらに適正に対処しないと中国では医療機器が売れないのが現実なのです。
こういった中国の状況を正しく理解していない日本や欧米の技術者に、中国での許認可手続きで必要なデータや資料の提供を依頼すると、「なぜそこまで必要なのか理解できない」と言われて、十分な協力を得られないことがよくあります。
その結果、中国での許認可申請にNGが出され、結局やり直しで1年間棒に振ることになることもあります。特に日系の大企業であればあるほど、開発や製造拠点を中国以外にも持っているのでその傾向は強いです。
日系でも先端メーカーは、製品企画の段階で、中国およびアジア諸国の基準も満たすような製品を作っています。欧米系メジャーは、各国の基準をすべて並べて、最小公倍数(全ての基準を満たす形で)で製品を開発するので、国ごとに調整する必要が少ないのです。
――そういった苦労をして、許認可の問題をクリアしたら、ようやく中国で販売できるのですね。
川崎 法律法規上販売することは可能ですが、実際に販売するためにはまだやることがあります。国レベルで許認可を取った後、今度は省・市レベルで
・ 当該製品を使った治療行為の診療項目
・ 当該製品を使った治療行為の診療価格
・ 当該製品を使った診療項目に対する患者の加入する保険適用可否
などを決めてもらう必要があるからです。
患者に費用を請求できない医療機器は病院も導入しようと思わないので、許認可を取るだけでは十分販売できない場合も少なくないからです。
国レベルで一度決めたら自動的に病院まである程度展開される日本とは違い、中国で医療機器を使ってもらうためには、こちらから積極的に各省の関連機関にアプローチをしないと、適正な診療点数はつきません。通常は、上海市、北京市、広東省など主要都市から診療価格をつけてもらう活動を始めます。
国レベルの許認可を取ってから、省レベルで新たな診療項目と診療価格をつけてもらうまで、更に半年~1年ほどかかります。
営業でカギを握る「院内調整」
メリハリある代理店政策も重要
――最終的には、病院に医療機器を買ってもらうことになると思うのですが、病院では誰に営業するのですか?
川崎 中国の病院は、規模や診療レベルに応じて1~3級に分類されています。日系メーカーのターゲットとなる一番上の3級病院では、実質的には内科、外科など科ごとに医療機器購入の意思決定が行われます。
そこで各病院の購買意思決定ルールに合わせて、医者や購買課や院長(最終決裁者)に対して、自社の医療機器購入の予算をつけてもらうように営業をします。病院の財務課担当者にも、自社の医療機器を使った場合の診療価格の問題を共有するなどしています。
重要なターゲットである3級病院などに対しては、基本的にはメーカーが、これら全部の営業活動を行い、病院組織内の調整もやります。ただし債権回収に関わる部分は代理店に任せることが多いです。病院内の調整をやってくれない会社は病院からよく思われないからです。
――医療機器を病院に提供する場合には、やはりローカル代理店を間に入れるのが普通ですか?
川崎 そうです。医療機器メーカーとしては、機器販売代金を早期に回収するためなどの理由で、ローカル代理店を商流に入れるのが普通です。代理店にも軍関係の病院に強い代理店、地域ごとに強い代理店などもあるので、取引により使い分けするイメージです。
多くの欧米メジャーの場合は、代理店をA~Eなどのランクで評価していて、半年~1年ごとに契約更新しています。成績が悪いEランクの代理店との取引はすぐ停止にする一方、Aランクの代理店に対してはメーカーが銀行融資の保証人になったり、支払に融通を効かせてあげたりとメリハリをつけています。
一方で、明確な代理店政策がない一部のメーカーは、言うことを聞いてくれやすい3流代理店と長く付き合っているケースが多いです。
在宅介護がメインの中国
介護保険制度は整備中
――医療とともに介護も中国ではニーズが高まっていますね。
南雲 介護サービスには、「老人ホーム」、「訪問介護(ヘルパー)」、「通所介護(デイサービス)」の3種類があります。中国は90%を家族やヘルパーによる介護、デイサービス7%、老人ホーム3%の構成とすることを目標としており、在宅介護がメインとなっています。
デイサービスといっても、健康な高齢者が施設に来て、食事をとる、麻雀や話をして帰っていくという、近所の寄り合い所的なものが中心で、日本の通所介護施設の提供サービスとは異なります。
中国で在宅介護が多い理由は、老人介護専門の住み込みのお手伝いさんを月2000~4000元(16円/元換算で3万2000円~6万4000円)で雇えるからです。
デイサービスの費用は、家賃が東京以上に高い上海でも300~850元/月(16円/元換算で4800円~1万3600円)程度です。土地使用権を持っているため家賃の負担が必要ないローカル事業者だからこそ、この価格でサービス提供可能なのです。高い賃料を払う必要がある外資系企業はこの価格では商売にならないでしょう。
――中国ではまだ介護保険制度が整備されていませんね。
南雲 そうですね。中国では今まさに、どういう介護保険を導入すべきか北京や上海の有名大学で議論・研究されています。そういった研究成果を基にして、介護に関する何らかの政府補助の仕組みが5年以内にスタートされる可能性が高いといわれています。日本でも介護サービスが本格的に立ち上がったのは介護保険がスタートしてからですので、中国でも同じようになるでしょう。
弊社が、介護保険制度の研究を行っている中国の大学の先生方に聞いたところ、当初ベンチマークしていた北欧の介護制度はあまり中国には合わないので、生活習慣、食習慣が近い日本の介護制度をベンチマークする方向に転換しているようです。
日本に近い介護制度が中国に導入されれば、日系の介護サービス提供者にとって、中国事業展開の追い風となるでしょう。日本も国が積極的に支援する形で、日本で実績のある企業が中国介護制度整備のサポートを行えば、中国で日系企業のビジネス機会を作れるはずです。
5年後で「時すでに遅し」
今が進出するベスト
――ただ、このような混沌とした状況だと、中国進出は市場が顕在化してからと呑気に考える日系企業が少なくなさそうですね。
南雲 5年後に状況が整ってから進出しても、「時すでに遅し」となる可能性大です。今の段階で5年後を見据えて進出するというのがベストのタイミングだと思います。中国の介護事業は、すぐに儲けるのは難しいかもしれませんが、大きな市場拡大が期待できない日本よりもチャンスは大きいと思います。
――日系企業が進出する場合には、はやりローカル企業との合弁になるのでしょうか。
南雲 その通りです。日系独資での参入は極めて難しいため、まず誰と組むかという話になります。様々なパートナーが想定できますが、中国の不動産デベロッパーが1つの有望パートナーになり得ると考えます。
中国の不動産デベロッパーは、単体では売りにくくなっている不動産に付加価値をつけて販売しようと考えています。その不動産に付加価値をつける手段の1つが、医療サービス、介護サービス等のヘルスケアサービスです。
付加価値提供に興味がある不動産デベロッパーの多くは、ヘルスケア事業について成長を支える収益事業とは考えておらず、例えば施設入居料を有利な条件に設定してもらえる可能性があります。また日系企業が中国に進出する際の懸案事項の1つである、合弁相手へのノウハウの流出に関しても、競合企業ではなく不動産デベロッパーが合弁相手であれば、リスクが減るので安心でしょう。
2013年9月17日
Diamond online掲載
<お知らせ>
当コラムの連載を担当させていただいたGML江口です。
日系企業や日本人が、アウェイの中国でビジネスを成功するためのヒントを提供することを目的に始めさせていただいたコラムが、おかげさまで100回以上連載することができました。ひとえに読者の皆様のご支援のおかげだと思っております。ありがとうございました。
本連載は今回を持ちまして終了させていただくことになりました。今後は、当コラムで連載させていただいたインタビュー記事等は、弊社の有料メルマガ「心理学とロジックで勝つ中国ビジネス」(毎週火曜日(月4回発行)、800円/月(50元/月)税別)の方で、掲載させて頂きます。メルマガご購読ご希望の方は、info-diamond@gml-sh.comまで(1)会社名、(2)お名前、(3)メールアドレスをご連絡いただければと思います(1ヵ月無料お試し購読もできます)。