
企業研究会誌:ビジネス・リサーチ連載の「もう一つのリーダーシップ論」をこのHPに掲載していきます。
どこの企業でも事業戦略の構築にトップは知恵を絞るはずだ。例えば、皆さんが中長期の戦略を部内で議論し、その案を役員会に提案しろと指示されたとした ら、どのようにして、戦略を組み立てられるであろうか?これはある会社での定期的に行われるグローバル事業戦略会議での話である。この会議は役員会に提案 する前のある事業部の日本側担当者及び海外子会社のトップの合同会議であった。
まずは日本の担当者からの案として、これまでの売り上げ、シェアー、市場・消費者の動向、競合関係、R&Dの研究状況、商品開発状況などの説明があり、それをベースにして事業戦略、商品戦略などを組み合わせ、3-5年の売り上げ予測の数字案として説明したのである。
ところがこれにたいして、欧米の参加者から強い異論が出た。それは予測の数字の額にたいするものではなく、戦略の構築の仕方に対してであった。
即 ち、多くのグローバルの競合会社はすでに中長期の売上目標を例えば“10年後に売り上げを2倍にする“などと株主などに公表している。達成可能か不可能か は別にして、彼らはコミットメントを株主にした以上、それを達成するべくあらゆる可能な手段を探索して事業を進めてくるであろう。さきほどの日本サイドか らの提案の数字では競合が目指している数字より低い。ということは今の段階ですでに将来のマーケット・シェアーが下がることを容認して事業をすすめるの か?今から負けを認めているのか?戦略会議とは勝つためのシナリオについて議論をする場ではないのか?と。
戦略はどこから来るのか?
第1回でも述べたようにドラッカーは日本人は実践的であると言った。これは過去及び現在の状況、即ち、現実を見極め、それをベースにしながら、必要があれ ば臨機応変に改善、改良を加えてゆくという柔軟性に富んだ積み上げ手法に優れているということである。70年代、80年代の市場が大きく伸びている時に は、現在ある経営資産(資金、人材、モノツクリのノウハウ、システムなど)をベースに、今日、今月、今年などの近未来を潜り抜ける実践的手法が十分に機能 していた。積み上げ方式で未来を予測するという発想、即ち、グラフを左から書いていても大きな問題はなかった。
しかし、グローバル化競争が激化し てゆく時代は変化が激しく、不透明であり、又、悪いことには過去の経験がさほど役に立たない状況である。過去、現在は知識としては重要であるが、積み上げ 方式では未来にたいする発想が限定されてしまう。又、以前は世界経済の先頭走者の後追いであればよかったが、今や日本が先頭を走る立場である。過去に縛ら れず、将来、何をしたいか、何になりたいかの将来像をまず描き、そこに達するには何をすれば良いかをシナリオとして考えることが重要である。これが戦略で ある。戦略はある日、突然どこからともなく湧き出してくるものではない。勿論、自分のなりたい姿が短期間で達成できないかもしれない。何十年かかるかも知 れない。例えば、日本企業の充分なるグローバル化はこれから10-20年、いや、ひょっとすると、もっとかかるかもしれない。しかし、それでも真のグロー バル化は必要であると言う強い志を持つか否かである。そして、もし、その志が長期にわたる様であれば、中期の目標(例えば、3年、5年ごと)をつくり、そ れぞれの目標を達成するための戦略を考えるのである。
例え、達成することがかなり困難と予想されたとしても、その志がその会社の方向付け、軸とな り、組織のメンバーを引っ張ってゆく原動力となる。戦略とはグラフを左からではなく、右から書いてはじめて生まれてくるのであって、過去・現在の積み上げ 思考では生まれてこないのである。よくリーダーとマネージャーの違いが議論されるが、一言で言えばグラフを右から書く人がリーダーであり、左から書く人が マネージャーである。今ある組織をうまく纏める能力だけを持っている人がリーダーではない。それはマネージャーの能力である。企業のトップであれ、一部門 の長であれ、さらには個人ベースでも、右からグラフを書くことは重要である。
戦略がないとはどういうこと?
マイケル・ポーターは日本の企業には戦略がないという。すべての日本企業に当てはまるわけではなかろうが、かっての金融会社などは未来のことを考えようと してもお上から場を乱すなとばかりに、“余計なことは考えるな!俺たち官僚が守ってやるから”と釘を刺される状態であった。即ち、志を積み取られた状態で ある。横並び思考ではとても戦略など考えられるはずがない。そして、戦略的思考が止まってしまったのである。米国のMBAの学生たちに講義をすると必ずと 言って良いほど、“日本企業はどうして戦略を考えようとしないのか?”と不思議がられた。勿論、“日本は社会主義の国です。戦略など面倒なことを考えなく ても国が守ってくれます”と言い返すことは出来る。すると学生は反論するであろう。“だけど、日本は資本主義の国でしょう?”と。それにさらに反論して、 “いや、資本主義にもいろいろな形があって良いでしょう“と続ければよい。もしそれでこのグローバル時代を生き抜いていけるのであるならば。
江戸 時代の幕府の政策ように、城の改築、軍備拡張ならぬ、経済も拡大し、軍資金が溜まると、何を仕出かすかわからないので、参勤交代で資金の無駄使いをさせる といった経済発展の緩やかな、自給自足の鎖国時代ではいざ知らず、資本主義を標榜するからには、好き嫌いにかかわらず、自由競争は避けられない。そしてよ り大きな問題は日本という井戸の中に潜り込んでいたら、急速に変化する世界が見えず、取り残され、又、匠のメンタリティーでのモノ作りだけでは世界からの 信頼、尊敬が得られるかということは大いに危惧せざるをえない。とにかく、井戸から外に出ることを強い志として持つべきである。そうすれば、そのための戦 略をどうするべきか自然と考えざるを得なくなる。逆に、戦略がないということは、志がないということなのである。
“出来ません”の発言
左から書くことと、右から書くことのもう一つの大きな違いは、左から書くと現在の経営資産をベースにして考えるため、改善、改良はできても、大きな変革を しようとすると“それは出来ません。”という否定的なコメントが多くなる。しかし、右から書くということは、出来る、出来ないの問題ではなく、志、夢、目 標の達成を“可能にする”にはどうするかという思考であって、過去や現在は知識としては重要ではあるが、それに頼ってはいられないのである。即ち戦略とは “出来ません“ではなく、出来るには何をすべきかを考えることである。時には過去を断ち切り、現在を破壊することも含む。そのためには、犠牲を出さねばな らないこともある。それを恐れていてはリーダーにはなれないのである。現在にしがみついている人には極めて厳しい時代になってきた。
リーダーを潰すマネジャーたち
米国でもリーダーが慢性的に不足しているためにリーダーシップ論が盛んである。実は現在の日本では左から書くタイプの人が圧倒的に多すぎるのが日本の大き な課題だと思う。しかも、マネージャーとしての能力が優れているから余計に厄介である。アジアからの研修生などと話していると日本企業の経営管理ノウハウ やシステムを学びたいという要請が多い。この管理能力の高さは日本人の歴史、風土、から来る勤勉、緻密さを求めるメンタリティーによるところが大きい。で はそのようなメンタリティーはどこから生まれたのだろうか?私は次のように考えている。
1)基本的な農耕民族、村社会的な、和の集団メンタリティー
2)他国から侵略されるようなケースがほとんど無く、社会的に長期の混乱時代があまりなかった。
3)横並び思考のなかでの匠の世界への憧れ。
4)戦後になってからは企業の存在理由が利益秋追求よりも、存続することが第一目的となり、リスクをとらず、ますます深い井戸の中へはまってゆく。
などである。
し かし、日本にも昔から戦略思考性の高い優れたリーダーは数多くいたと思う。江戸時代の前の内乱時代という危機の時には優れた戦国武将が多くいたし、外国侵 略の危機時代に明治維新を推進したリーダー達もいた。何時の時代も、リーダーは危機の時に生まれ、しかし、平和なときにはリーダーは求められず、それどこ ろか、リーダーにならんとした人たちのは多くのマネージャーたちによって潰されてきたのである。マネージャーたちにとって、和、組織、システムを乱すよう な輩は我慢できないのである。
時代は強いリーダーを求めている
このグローバル時代、M&Aなども含め て、これまでは考えても見なかったことが起こる時代である。例えば20歳代の人にとって、定年まで30-40年と長い会社生活が待っている。その間に世の 中は様変わりするであろう。未来に対する志もなく、過去の栄光に浸って、左からグラフを書くことしかできないような経営者のもとではその組織のメンバーは 不幸だと思う。
今回の9月11日の衆議院選挙では国民は久々に強いリーダーを求めていることを意思表示した。それだけ日本の近未来にたいする危 機感が高まっている証拠でもある。人類の歴史の中でほとんどの文明や帝国、王朝は内部から崩壊していった。歴史が何度も教えてくれているにもかかわらず、 そこから学ぶことを拒否してきたのが人間の性である。日本人は自浄能力が低く、外圧でしか改革できないとなどと揶揄されてきたが、近未来の危機が見え出 し、国が崩壊する前に、改革に向かって本気で推進しようというのであれば、日本人も満更捨てたものではないと思う。
グローバルマネジメント研究所フェロー
HIアソシエーツ代表
井上裕夫(花王株式会社 元理事)