
1999年の各種調査によれば、東証一部上場企業のうち成果主義を導入している企業は約20%。ところが5年後 の2004年には、70~80%の企業が何らかの形で成果主義を導入している。昨年までしばしば「成果主義は失敗だ」といった話題が議論に上ったものだ。 しかし、これだけの企業に導入されていることを考えれば、最早、後戻りできない状況にあると言わざるを得ない。ならば、それをいかに活かすか。この視点が 重要になるといえる。
1.成果主義の導入と
導入後の一般的経緯
成果主義導入の一般的経過を振り返 ると、導入当初は若手層を中心に評判がよいものだ。成果によって評価されるという「本来の成果主義」のあり方に、「成果を出せば、自分もベテランの先輩た ちと同様の給料がもらえるんだ」と考えるからであろう。ところが導入してしばらくすると、「現実」に気づきはじめる。一つはそれ程端的に成果が処遇に反映 されるわけではなく、また反映されるとしてもアメリカほど極端に差がつくわけではない。上司の評価のあり方への疑問はやがて不満に変わり、「もともと風土 がないのに入れても機能しない」「成果主義は日本に合わない」といった議論が出てくるようになる。
こうした疑問や不満が出る大きな要因の一つは、成果主義の基盤ともいえる目標管理制度と評価との関連が薄いことにある。目標管理制度をいかにうまく機能させるか。ここが成果主義成功の大きなポイントとなるのだ。
目標管理制度の最大の問題は、「目標」が「目標」になっていないことである。「~の必達」「~を推進する」といったフレーズはよく目にするが、言葉だけで 目標を設定し、中身が伴っていないことが多い。またレベルが低い目標設定も問題だ。目標が低ければ達成するのはたやすい。どんなに低い目標であっても、達 成できればそれは評価につながる。
もう一つよく見る不満は、人事部がつくった評価シートに従って評価をしていくと、本来高く評価したい人が意外 と高評価にならないばかりか、本来低い評価を与えようと思っていた人が、意外と高い評価になってしまうというものだ。その結果、評価に対する納得感、公平 感がなくなり社員のモチベーションは下がってしまうだろう。
2.成果主義が機能しない!
その原因はどこにあるのか?
私は成果主義が機能しない原因は、主に5つあると思っている。1つは1990年代後半に成果主義が導入された目的だ。当時はバブル崩壊後。企業は業績回復 のためにリストラや人件費削減を断行した。成果主義は人件費抑制や削減の手段として、多くの企業で注目を集めたのである。「成果によって評価する」という 原則のもと、定期昇給や昇格を抑制したのだ。
このこと自体は批判すべきものではない。当時の状況を考えれば妥当な経営判断だったといえるだろ う。問題は「あれはリストラのためだった」という事実を、「成果によって評価する」といったきれいな言葉で覆い隠したところにある。当時もいまも成果主義 は人件費削減のため、などとは言わない。しかし社員の多くは、そのように感じている。こうした姿勢が会社への不信感を呼び、モチベーションを下げ、成果主 義を機能不全に陥らせる遠因となっている。
まずは当時の施策を、「あれはリストラのためだった」ときちんと認めること。その企業の姿勢に、社員は必ずついてくるはずだ。
もう一つは成果主義と同時に導入された目標管理制度が、うまく機能していないことである。よく「生きた目標」と「死んだ目標」というが、「生きた目標」をいかにつくればよいのか。ここが明確になっていないのだ。
3つ目の原因は、90年代後半の遺産である。当時は企業が苦しんだ時代であり、トップダウンで構造改革を推進した。ところがそれを10年間続けた結果、トップに言われたことをきちんとこなすという仕事のやり方に慣れてしまった社員が増えてきたのだ。
問題は、このような仕事への姿勢は成果主義とは相反するものだということだ。トップダウンの仕事の進め方のままで、成果主義を導入してしまったこと。これが失敗の原因でもある。
4つ目の原因は評価者研修が後処理のフォローにばかり目がいっているということだ。「評価の結果を正しく伝える方法」「面談の方法」を評価者研修で教える 企業は多い。これも大切だが、これだけではいけない。肝心の目標設定の方法、目標管理制度の入り口の部分をフォローすべきなのである。
5つ目の 原因は、成果主義導入と同時にさまざまな制度が導入されているが、それらが一体的に機能していないことである。例えば自分のやりたいことを表明する自己主 張制度といったものや、新しい人材育成制度などを導入したとする。しかしそれらの関連性が社員に見えにくく、一体的な運用がなされていないことが多い。
3.今後の日本企業の方向
成果成長主義
では一体、機能しない成果主義を機能させ、社員と企業の両方の成長につなげていくためにはどうすればよいのか。まずもう一度原点に返って考えてみたい。
「成果主義」は「Pay for Performance」を翻訳した言葉である。文字通り「パフォーマンスに沿って支払う」という意味だが、この言葉が成り立つのは、アメリカという社会 においてのみではないだろうか。日本とアメリカは風土も国民性も違う。アメリカ型成果主義のまま日本に導入しようとしても、無理が生じるのは当然のことだ ろう。
よくいわれることだがアメリカでは人材の流動性が高く、そのなかではより短期的・直接的な処遇方法が適している。しかし日本企業はどうだろうか。転職が増えたといっても、まだまだ中長期の雇用を前提とした仕組みで動いている。
同じ「成果主義」といっても、アメリカの場合は短期的雇用を前提とし、日本の場合は中長期の雇用を前提としている。したがって私は日本社会における成果主 義は、中長期の処遇を前提とした「成果成長主義」でなければならないと思っている。なぜなら、中長期で人材を雇用する限り、その人材が成長しなければ組織 の成長はあり得ないからだ。
成果成長主義とは、まずは個人と組織の成果をきちんと認知することからはじまる。そしてその成果を次の成長につなげ、個人の将来性と企業の未来性を合わせていく。今後の日本企業の競争力の源泉は、間違いなくここにあるだろう。
4.成果と成長の制度を
一体化して運用する
成果主義を本気で機能させようとするのなら、まずは新たなメッセージをきちんと出すことからはじめたい。これまでの成果主義がリストラ策として必要だった ことを認め、今後は「成果成長主義」でいくと宣言する。以前のことを認めたうえでの方向修正は、説得力を高めるだろう。
2つ目のポイントは、発 掘・育成・活用・評価という人材マネジメントの他の仕組みと、連動して運用することである。例えば私が入社した当時からホンダでは「自己主張表」「適正指 導の記録」「実績能力チェックシート」という3つのシートが、1枚の紙のなかに書かれていた。中心にあるのは「適正指導の記録」。三つに折り畳んだこの シートをみると、感覚的に育成と評価が連動していることがわかった。
まず春には、「自己主張表」で今期の自分の目標やテーマを設定する。5月の 連休が明けると、今度は「適正指導の記録」を使う。ホンダでは「一人ひとりが世界に通用するプロフェッショナルやエキスパートになりなさい」という成長目 標が掲げられていたが、この意味からして、自分は現在どの程度の能力があるのか自己評価するのだ。例えばテクニカルスキルは6段階のうちステップ4、論理 的思考を測るコンセプチュアルスキルはステップ3、リーダーシップやコミュニケーションなどのヒューマンスキルは4ステップ……といった形で自己評価す る。
次に上司や上司以外のエキスパートらに、自己評価に関するアセスメントがなされる。「君はテクニカルスキルはまだ3じゃないだろうか。コン セプチュアルスキルはもう少しあって4、ヒューマンスキルは4でいいだろう」といった形で評価される。これは現在の能力を将来の成長につなげる面談であ る。
半年後、一年後には、実績能力チェックシートを使って、目標の達成度(実績)、取り組み姿勢、能力の3つの側面から自己評価を行い、再び上 司との面談を行う。この方法によって、実績、取り組み姿勢、成長に関する制度を三位一体で運用し、目標管理制度を成功に導くことが可能だ。
実績を処遇に反映させることはもちろん重要である。しかし日本の場合それだけでは不十分だ。実績を成長度の評価や次の成長目標設定につなげていく。本質はここにあるだろう。
5.PDCAサイクルを使って
目標管理制度を機能させる
3つ目のポイントは、トップダウンの仕事のやり方を変革することである。そのためにはPDCAサイクルを自ら回すことが効果的だ。 P(Plan)→D(Do)→C(Check)→A(Act)を定期的に実施したい。現場でならば毎日、少なくとも月に一回は上司との間でPDCAを行 い、問題と成果を共有していく。上司も成長に関してアドバイスを与える。この繰り返しがスパイラルアップを生みだし、問題の解決、ステップアップにつな がっていくだろう。
4つ目のポイントは、目標管理制度においてPDCAサイクルが回るような目標設定を行うことである。そのためには目標を3つ の領域から設定する。一つはトップからの大きな上位目標。これに沿った形での目標を考える。上意下達のケースが多いが、その際にも「上司に言われたからそ のまま書く」のではなく、いったん自分のものとして考え直すことが必要である。
2つ目の領域は自分の役責、日常業務のなかから目標設定することである。トップからの目標は業務の全てをカバーしているわけではない。上位目標でカバーしていない日常業務のなかで、改善や問題解決などの役責目標を設定することも重要なのだ。
3つ目の領域は少しでもよいので役責を越えた目標を設定することである。部長、課長クラスになれば、どの部署が担当すべきことかあいまいな業務があるだろ う。そういった業務について改善、解決目標を設定するのでもいい。あるいは部下に、ワンランク上の目標を設定させることもよい方法だ。オン・ザ・チャン ス・トレーニング(OCL)の観点からすると、これは部下自身の成長にも寄与するだろう。
6.目標の達成度と
施策の達成度
PDCAサイクルが回るような目標を設定するもう一つのコツは、目標と施策のつながりに留意することである。目標の達成度と施策の達成度、この2つの観点から目標を見直してほしい。
私は毎年の健康診断でコレステロール値が高いと言われたことがあった。最も高い時で330。医者からは「健康になるために220くらいにまでコレステロール値を下げてください」と言われたものだ。
このケースの場合、目標は「健康になるために220くらいにまでコレステロール値を下げること」である。その具体的な施策として、食事療法、運動、生活改 善の3つを上げられた。しかしこれだけでは施策の達成度を測ることはできない。食事療法としては「魚・野菜中心の食事にする」「カロリーを減らす」「糖分 を減らす」の3施策が上げられる。しかしこれだけではまだ不十分だ。「魚・野菜中心の食事にする」に対しては「肉は週に1回にする」、「カロリーを減ら す」に対しては「夕食は1400カロリーに押さえる」といった具体的な管理項目を設定する。ここまできて、はじめて施策の効果や達成度を測ることができる ようになる。
同様に運動に対しても「通勤電車で立つ」「万歩計をつけて1日何歩以上歩く」といった具体的指標を管理項目として設定する。
多くの場合、目標とその達成度(この例の場合は、健康になるために220くらいにまでコレステロール値を下げること)は書かれているが、施策については書 かれていないことが多い。目標と施策の連鎖、目標と施策の達成度を測る管理項目と指標を設定することで、PDCAが回り、目標管理制度を機能させることが できる。
7.公平・公正な
評価プロセスを明確化
成果主義を機能させる5つ目のポイントは、公平・公正な評 価のプロセスを明らかにし、それにそった仕組みを構築することである。評価制度と目標管理の正しい運用プロセスはシンプルだ。このプロセスを回すポイント は、Share、Commit、Recognizeである。まずは上司と部下の間で目標や現状をShareしていく。次に「これをやります」「ここまでや ります」といったCommitを取る。定期的にできたこと、できなかったこと、どうすればいいのかなどをRecognizeする。この3つの観点から評価 のプロセスを回すことで、結果とプロセスを大事にする評価制度として、目標管理制度を運用していくことができるだろう。
また評価ランクの表現に も、ひと工夫したい。多くの企業ではABC評価が行われているが、「B」と評価された場合、「あまりよい評価を受けなかった」と考えるのが普通だ。しかし よく考えてみれば、Bは「期待通りの働きをした」からこそBなのであり、それは決して低い評価ではない。割合からいえば、Bの評価をされる人が最も多いの だから、積極的な意味づけを行って、意識高揚に活用したいのである。
たとえばホンダ・オブ・アメリカでは、Bに相当する評価はME=Meet Expectation(期待に合致している)であった。もっとよい場合はEE=Exceed Expectation(期待を越えている)。期待を下回った場合は、SA=Satisfactory、NI=Need Improvementである。このように評価の用語も社員の成果と成長を認知する言葉に変えるのも大事な施策であろう。
現在多くの企業で、成果主義運用について苦労している。しかし、成果主義を否定する必要はない。導入から数年たち、本質を改めて問うにはちょうどよい時期である。今後の持続的成長へつなげるためにも、「成果成長主義」への転換を勧めたい。
グローバルマネジメント研究所 取締役パートナー
光富 敏夫