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街も人も日本の1970年代を思わせる、ベトナム

Kenji Hachiya
八谷 賢次
グローバルマネジメント研究所ベトナム
代表

街も人も日本の1970年代を思わせる、ベトナム

ベトナムを訪れる日本人から良く聞かれるのが、「日本の1970年頃みたいですねえ」という言葉です。洪水のように流れるオートバイ、建設工事の騒音や砂ぼこり、喧々諤々とやりあっている商店主と顧客、そんな中昼から酒を飲み、ベトナム将棋に興じる中年男たち。そんな風景が日本の70年代への郷愁を誘うのかも知れません。(かく言う私は東京オリンピック後生まれの世代ですので、70年代は幼少期の思い出となってしまいますが)
そんなベトナムを懐かしみ、これからの成長に期待してベトナムへの進出をする日本人も少なくはないと思います。
確かに70年代の趣を残しながらも、情報や技術が雪崩のように押し寄せてくる中で急速に現代に近づいているベトナムですが、街が70年代ならばやはり人も70年代。2010年代の日本から来た日本人と70年代を過ごしているベトナム人の間には、やはり軋轢が生じます。


街が70年代なら、人も70年代のベトナム

ベトナムで生活し、ベトナム人と仕事をするということは2014年からタイムスリップした日本人が70年代の日本人とともに仕事をするということと似ているように思います。
同じ時代を過ごしながらも異なる歴史を経てきた日本人とベトナム人です、ベトナムの歴史や経緯を踏まえれば、少しずつ理解が深まっていくように思います。


–ルールや規則を守れない

最近ベトナムに来られた方でも、ベトナム人は信号を守らないと良く評します。私からすれば、信号を守る人も相当に増えたように思えますが、それでも3割程度の人は赤信号を突き抜けて行きますので、日本と比べれば驚かれることでしょう。もとより、私がハノイを訪れ始めた2005年頃には街中にほとんど信号がなく、交差点では徐行もしくはロータリ式の交差点が普通でした。そんな道路事情ですから、「自己リスクで、行ければ行く」のが交差点を亘るルールでした。
その後、急速に信号も増え、今では日本と変わらずほとんどの交差点に信号がありますが、信号がなかった時代から10年弱、もちろん全ての人が信号を守れるわけではありません。それでも、信号ができ始めた頃の7割が守らず、3割が守る頃に比べれば格段に進化しています。


–ゴミを床に捨てる

日本では街中にゴミ箱があり、歩いていてゴミを捨てる場合にはわざわざゴミ箱まで持っていくのが普通ですが、ベトナムでは躊躇なく路上に捨てます。特にローカルのレストランでは扇風機の風でお絞りの袋やティッシュが舞い飛ぶ中、食べかすや楊枝、タバコの吸殻なども床に捨てるのはむしろ流儀です。
(ちなみに、レストランではテーブルや椅子、箸やスプーン、茶碗などを各人ティッシュで拭いてから使うのも当たり前の光景です)
そもそも、路上に公共のゴミ箱がない、というのも問題ですが、思い起こせば大通りに面した露店では車道の脇にゴミを捨てるのが一般的なルールでした。市の清掃の担当者が道路を巡回しながら道のゴミを回収していくわけです。ですので、朝になると道路には生ゴミの異臭が漂い、道行く人も当たり前のように道端にゴミを捨てていくわけです。
今ではところどころにゴミを捨てるためのコンテナが置かれ、またゴミ回収の頻度も増えたのでしょうか、町中が生ゴミ臭いということは少なくなりましたが、まだ多くの人にとって道端はゴミ捨て場なのです。
(レストランの床の食べくずは掃いてまとめて道端行きです。テーブル上のゴミを集めるより、衛生的ではないですが、効率的なのかも知れません)


–時間にルーズ、計画が作れない/守れない

よくベトナム生活の間もない日本人が驚かれるのが、結婚式や祝いの席などへの招待が、早くても2~3日前、ともすれば当日に来ることでしょう。また、田舎出のスタッフなどは家族の用事で突然欠勤することもしばしばです。
ハノイは2008年に近隣省の一部も組み込んで拡大し、いまや人口700万人の都市ですが、車で1時間も郊外に向かえば農村地帯となる田舎町です。
また他国の都市と変わらず、就職先を求めて多くの学生は地方から出てきますので、ハノイ生まれのベトナム人は珍しいほど、地方出身者で溢れています。
更には、ハノイ在住とはいえども、多くは自営業や家族営業の会社・店舗で働くケースが多く、いわゆる企業務めのサラリーマンはまだ少数です。
こんな状況下ですので、ベトナムの首都ハノイとはいえども、ライフスタイルは日本の田舎町もしくは農村に近い思ったほうがよいでしょう。
日本でも農村部であれば、「明日の朝に伺います」の意味は概ね朝食後から昼時までを指すのと同様に、ベトナムでも正確な時間は決めませんし、もとより近隣の人はいつでも家もしくは近所にいるので、時間など気にせずに訪ねて行きます。今日の予定が明日に変わっても、たいした影響はないため、あらかじめ計画を立てることもなく、役所を訪ねるなどの特別な用事があっても都合の良い時にふと訪ねるという感じです。
こうした過ごし方が一般的なため、各省庁の幹部クラスの人でも1週間以上の予定は決まっていないことも多く、また都度都度優先順位で予定を入れ替えるのが通例です。日本からの来客でもお構いなしですから、面会など依頼する際にはしょっちゅう携帯で念押しする必要があり大変です。
こうした慣例も若い世代から徐々に変わっては来ていますが、まだまだベトナムは日本の70年代、世代を超えた付き合いと思って、理解を進める必要があります。

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